■スピリット瞑想のアチューンメント
●アチューンメントの15分前くらいから横になって静かにしておりました。すると、グレゴリオ聖歌が聞こえてきて、大聖堂のような天井の高い厳かな雰囲気の場所に立っているのがわかりました。その私の右横にスッと立ち並ぶ人影がありました。顔を向けると、その人影はイエスでした。彼は前方を指差して、こう言い放ちました。
「私の目で見、私の耳で聞き、私の肌で感じなさい。」すると、身体が重なり一つになりました。「人々の恐れの表情の中に、神の表情を見なさい。人々の罵声の中に、神の言葉を聞きなさい。人々が発する不安の中に、神の愛を感じなさい。そして、恐怖に飲み込まれようとしているこの世界の中に、希望の光を見続けなさい。」そう言うと、私を見て微笑みました。そして、アチューンメントが始まったようでした。(私は、イエスに対してもキリスト教に対しても、特に思い入れがなかったので、これはちょっとびっくりでしたし、シェアするつもりもなかったのですが、ますださんのメールにイエスのワードがあったので書いて見ました。話半分くらいに聞いていただければと思います)
アチューンメントが始まると、意識があらゆる方向に、球体状に拡大していきました。その球体の中に、多次元に存在する自分を見つけることができました。すると、自分自身の魂の最も奥深いところにある光の結晶がキラキラと輝いているのが、ハートの中に見えました。その光の結晶は、次元が変わっても、存在する世界が変わっても、不変に存在していて共有している光のようでした。その光の結晶に意識を向けると、私の意識が、今、必要としている知識や経験を持っている次元、世界にいる私の意識へとシフトしました。
こことは、違う世界観、価値観、観念、言語、思考形態などに触れて、理解できずに混乱してしまいましたが、シフトした先の私の意識が、サポートして誘導してくれました。
再び、ここにいる自分に戻り、球体の中に見えている別の自分を見ていると、今度は、私の意識が飛ばずに彼らのほうが心に話しかけてきました。それは、今の私に起こっている出来事の別の側面から見た考えであったり、解決方法だったり、学ぶべき事柄だったりしました。(アチューンメントに続いて、区切ることなく瞑想に入ったので、こういうスピリット瞑想の使い方のような体験になったのだと思います) |